【暮らしを醸す】梅酒と味噌が教えてくれた「熟成」の魅力。時をかける発酵の力と家族の記憶

初夏の店頭に漂う青梅の爽やかな香りに触れると、今年も「梅仕事」の季節が来たと心が躍ります。SNSで素敵な梅レシピを見るたびに、少し遅れてでも「やっぱり作ろう」と手が動いてしまうのは、単なる私の性分ではなく、幼い頃の懐かしい「過去の思い出」が知らず知らずのうちにそうさせているのかもしれません。本記事では、実家の梅の木を巡る思い出と、夫の実家から30年届き続ける「渋柿」の段ボールにまつわる話をお届けします。時代や環境の変化で伐採されてしまった思い出の木々。形をなくして初めて知る存在の大きさと、今私が自宅で愛おしく育てている「自家製味噌」などの発酵食、そして「熟成させる美味しさ」に目覚めた原点についてお話しします。
店頭の香りに誘われて。私がついつい「梅仕事」をしてしまう本当の理由
毎年6月を迎える頃になると、スーパーの店頭には独特の甘酸っぱい芳香が漂い始めます。ネットやSNSを開けば、誰かが仕込んだ美しい梅酒や梅シロップ、梅干しの写真がタイムラインを彩り、それを見るたびに胸の奥がソワソワしてくるのを感じます。
「今年は忙しいからやめておこうかな」
そう思って一度は通り過ぎようとしても、結局は2キロの梅を購入し、半分は蜂蜜梅、もう半分は蜂蜜と氷砂糖を入れた梅酒を仕込んでいる――。そんな風に、私が毎年少し遅れながらも梅仕事をせずにはいられないのは、単に新しいレシピが魅力的だからでも、私の性分だからだけでもない気がするのです。
今になって振り返ると、店頭の香りが引き金となり、知らず知らずのうちに幼い頃の記憶の引き出しを開け、過去の温かい思い出が私に「今年も作ろう」と呼びかけているのだと確信しています。
実家の梅の木と、大人になってから知った「母の梅酒」の味
その記憶の原風景にあるのは、かつて実家の庭にしっかりと根を張っていた、一本の大きな梅の木でした。
子供の頃の私は、梅の季節になると母が汗をかきながら一生懸命に梅酒を仕込んでいる姿を、ただぼんやりと眺めていました。実家には、〇年もの、あるいはそれ以上の歳月を経て琥珀色に熟成された梅酒の瓶がたくさん並んでいましたが、幼い私にとっては「大人が飲む、何だかよく分からないもの」であり、一切の興味をそそられない存在だったのです。
その梅酒の本当の価値と美味しさを知ったのは、私が結婚して実家を離れてからのことでした。
たまに実家に帰省し、家族で夕食の食卓を囲むとき。それまでの人生で、私に対してアルコールを勧めることなど一度もなかった母が、梅酒のときだけはきまって「梅酒、飲まない?」と、いつも誘ってくれたのです。
その瞬間、大げさではなく「自分も一人の大人として認められたんだ」という静かな喜びが胸に広がりました。それまでアルコールを勧めなかった母が、自分が手塩にかけて育てたお酒を一緒に飲もうと言ってくれる。母と一緒にグラスを傾け、他愛もない会話を交わしながら味わったあの年代物の梅酒の味は、時が経った今でも色褪せることなく、私の心に深く刻まれています。
30年間届き続ける、義母の愛情が詰まった「渋柿の段ボール」
実家の梅の木が私の「昔の大切な思い出」であるならば、結婚してからの私の日常に寄り添い、全くおなじような深い家族の愛を感じさせてくれているのが、夫の実家にある「柿の木」を巡る物語です。
夫の実家の庭には立派な柿の木があり、毎年秋になると見事な実をたくさんつけていました。そして、私たちが結婚してから30年もの長い間、秋のシーズンになると義理の母から、溢れんばかりの柿が詰まった段ボール箱が私たちの元へ送られてくるのが、我が家の変わらない恒例行事となっています。
「まだ開けちゃだめだからね」という、今も健在な母の口癖
実家の庭で採れるその柿は、そのままでは食べられない「渋柿」です。そのため、母はいつも柿のヘタの部分に丁寧に焼酎をつけ、渋が抜けるように密閉した状態で段ボールに詰め込んで送ってくれます。そのまま段ボールの中で2週間ほど静かに寝かせることで、驚くほどまろやかで甘い柿へと生まれ変わるのです。
荷物が我が家に到着し、「お義母さん、今年も無事に届きましたよ」と電話を入れると、母は必ず決まった口癖で私たちに言います。 「まだ開けちゃだめだからねー」
段ボールの表面を見れば、母の手書きの大きな文字で「〇日に開けること!」と太々と書かれています。私たちは「十分承知のこと」と微笑みながらも、今も元気にその言葉をかけてくれる母とのやり取りがたまらなく愛おしく、この電話の声を聴くことで「今年も無事に秋を迎えられた」と、深い安心感を得ていたのです。
「もういらない!」と言えるほどの贅沢な秋の味覚
そうして指定された日が来ると、宝箱の封印を解くように段ボールを開封します。見事に渋の抜けた柿はとろけるように甘く、本当に絶品でした。少し柔らかくなった柿を、スプーンですくってヨーグルトと一緒に食べるのが、私の毎年の大のお気に入りです。
ただ、その柿の木は非常に生命力が高く、実が赤くなるのに時間差がありました。そのため、一度届いて終わりではなく、毎年秋のシーズンは、トータルで3箱もの大容量の段ボールが次々と届くのです。
夫婦二人ではとても食べきれず、私は近所のご近所さんや友人に「実家からたくさん届いたので」と配って回りました。それでもまだ家には柿があり、毎日のように「もう柿はしばらくいらない!」というほど、毎年贅沢にお腹いっぱいに食べていました。
気がつけば、そんな柿の便りは30年もの長い間、途切れることなく続いていました。30年。そう考えると、私が実家の梅酒の味を知り、母と酌み交わした年月よりも、ずっとずっと長い時間をこの柿の木、そして夫の実家と共に歩んできたことになります。
環境の変化と時代の流れ。形ある「思い出の木」との突然の別れ
どんなに長く続くと思われていた当たり前の日常にも、環境の変化や時代の流れによる「終わりの時」が突然訪れることがあります。
私の現在の両親は他界したため、実家も実家終いをすることになりました。それに伴い、あの思い出の梅の木も、悲しいことですがすべて伐採されてしまったのです。実家を最後にする日、私は庭にぽつんと佇む梅の木を見上げ、枝にタワワに実っていた梅の実を、できる限り自分の手で拾い集め、梅酒をつくりました。その時のことは、今でも一生忘れることはありません。
夫の寂しさに寄り添う、柿の木のバッサリとした結末
そして、30年間私たちに甘い実を届けてくれ続けた夫の実家の柿の木にも、昨年、突然の別れがやってきました。
近年、ニュースでも頻繁に取り上げられるようになった、地方における「熊の出没」です。夫の実家がある地域でも熊の目撃情報が相次ぎ、庭にある実りの多い柿の木は、熊を民家へ引き寄せる危険な原因になりかねないという、現実的な問題に直面しました。家族の安全を守るため、苦渋の決断として、柿の木を伐採することが決まったのです。
昨年の秋、いつも通りに柿の収穫を終えたその直後。30年以上もの間、毎年私たちの秋を彩ってくれた大きな木は、幹からバッサリと切り落とされました。
切り株だけになってしまった庭の景色を見たとき、胸が締め付けられるような寂しさが込み上げてきました。結婚してからのお付き合いである私でさえこれほどの喪失感があるのですから、生まれてからずっとその木の成長を見てきた夫にとっては、言葉にできないほどの寂しさがあったはずです。
梅の木も柿の木も、実家に思い出の木があったこと。その時は何も感じないけれど、無くなって初めてその存在の大きさを知りました。梅酒も干し柿も、今となっては私にとって大切な思い出の味です。
実家の梅酒と、いま我が家で熟成している「味噌」の共通点
私たちは、形ある木々を失って初めてその存在の大きさに気づきます。何気なく飲んでいた琥珀色の年代物の梅酒の味も、今となっては二度と味わうことはできません。あの時に飲んだ〇年ものの梅酒を、私もいつか作りたい――。そう願いながら、〇年が経つ前に飲んでしまって「いつ味わえるかわかりませんが(笑)」と笑い合う日々を過ごしています。
しかし、私は今、ある強い繋がりを感じています。実家で何気なく歳月を経て、ゆっくりと深く、美味しくなっていったあの梅酒。そして現在、私が自宅のキッチンで大切に熟成させている「味噌」や発酵食たち。この二つには、まったく同じ共通点がある気がしてならないのです。
それは、「時間を味方につけて、じっくりと育てる」という豊かな営みそのものです。
私はあの頃から「育てる美味しさ」に目覚めていた
私は現在、「 haga hakkou life 」(ハガ ハッコウ ライフ)として、犬の手作り発酵食や、日々の暮らしを豊かにする発酵の美味しさ・素晴らしさを多くの方へ発信しています.
なぜ私がこれほどまでに発酵の世界に魅了され、それを仕事にするまでになったのか。その答えは、あの実家のキッチンにあったのだと思います。
幼い頃はただ素通りしていた母の梅仕事、そして大人になってからその深い味わいに感動した、歳月という名の魔法。私はプロとして発酵を勉強するずっと前から、もしかしたらあの頃からすでに、時間をかけてモノを「育てる(熟成させる)美味しさ」に目覚めていたのかもしれません。
母が梅酒に込めた時間、義母が渋柿の段ボールに込めた2週間という待つ時間。それらはすべて、現代の効率主義では生み出せない「命を醸す時間」だったのです。
まとめ:時の魔法を暮らしに。あなたも「育てる手仕事」を始めませんか?
手作りの発酵食や梅仕事は、単に美味しい食べ物や飲み物を作るだけの作業ではありません。かつて誰かが自分のために作ってくれた味や、箱に詰めてくれた愛情を思い出し、今度は自分が未来の自分や大切な家族のために、時間をゆっくりと瓶や器の中に閉じ込める、とても豊かで愛おしい「暮らしの儀式」です。
形ある思い出の木々はなくなってしまっても、そこで培われた「育てる喜び」は、今度は私が仕込む味噌や発酵食の中にしっかりと受け継がれ、新しく息づいています。
あなたには、心の中に浮かぶ「思い出の木」や、忘れられない「記憶の味」はありますか?
もし、日々の忙しさの中で「少し心が疲れてしまったな」「豊かな時間を過ごしたいな」と感じているなら、ぜひあなたも、時間を味方につける手仕事を一つ、始めてみませんか?まずは小さなガラス瓶で仕込む発酵調味料でも、お味噌づくりでも構いません。
私が発信している「 haga hakkou life 」では、そんな日常にそっと寄り添い、体も心も内側から整っていくような発酵の知恵をたくさんお届けしています.
「いつかやってみよう」と思っているうちに、季節はあっという間に過ぎ去ってしまいます。もしよろしければ、まずは私のInstagramやnoteを覗いて、小さな一歩のヒントを見つけてみてください。あなたのキッチンに、優しく愛おしい「育てる時間」が流れるきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。


